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愛子さんのうつろひ

あいさつにかえて_酒井忠康
あなたの肖像にききなさい_林道郎
カリグラフィの線のように_ケート・リンカー
愛子さんのうつろひ_北杜夫
萬象を移りゆくもの_辻邦生

北 杜夫

もう十年も前になるか、私は愛子さんの御主人磯崎新さんの手による軽井沢山荘の隅に作られた木の上の小屋に、愛子さんが黒い衣装を身につけ、マシラのように駈け登り、また駈け降りるのを見た。それはこの世ならぬ現代の忍者のごとく目に映じた。若い頃むしろひ弱であった愛子さんを知る私はびっくりしたが、更めて思えば、あの流動する姿は彼女の精神の象徴であった。

すでに《うつろひ》の中でも世人がもっともよく知っている細いステンレス・スチールをしなわした作品が庭にも作られていた。それは時刻により背後の樹々や空の変化により、微妙に刻々と姿を変えた。

その線は柔らかくしなやかであり、同時に強靭であった。東洋と西洋を溶けあわせた忍者のみの造れるものであった。

同じ頃愛子さんは仕事場へ私を誘い、ずらりと並べてある小さい墨絵に筆を入れていた。それも《うつろひ》の一つであると彼女は言ったが、すでに完璧な完成をなしたこの芸術家が、飽くことなく何ものかを求めつづけていることが痛感された。

愛子さん自身が述べている。「私の眼はいつもあらぬものを見ようとしてきたように思われる。……だから、いまつくっているものは彫刻というよりも媒体とでもよぶべきもので、それを見るまなざしが透明や半透明や、反射や、屈折を起こしている表層とまじり合うときにふっと何かが出現する、そんなものを探しているのであるが……。」

これを読んで私は、まだ青年の頃に信州の山をさ迷い歩いて、潅木の茂みや渓流のまたたきや地衣のたたずまいの中に、無意識にずっと探し求めていった何ものかのかげが、ふっと現れるのではないかという思いに囚われた日のことを憶いだした。

愛子さんの求めているものは、結局はその心の反映ではなかろうか。忍者の姿にひそむたぐい稀な、どこまでも移ろってゆく心の反映である。そしてその作品を眺める者は、それぞれ様相は異なるにせよ、その魔法に魅せられ、自分たちの内部のうつろひを感じだすのである。

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「宮脇愛子ーある彫刻家の軌跡」展カタログ(神奈川県立近代美術館発行)より転載
Copyright(c) The Museum of Modern Art, Kamakura & Hayama