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失われた本を求めて
BOOK GUIDE vol.II

品切れ本を中心とした書評ページです。

エッセイ・評論 思想・芸術 文学

天使のおそれ ── 聖なるもののエピステモロジー(新版

グレゴリー・ベイトソンメアリー・キャサリン・ベイトソン
星川淳訳

1992年8月30日発行 青土社刊 398ページ

目次
I 序(MCB & GB)
II 精神過程の世界(GB)
III メタローグ:なぜお話しするの?(MCB)
IV モデル(GB)
V 超自然論でもなく機械論でもなく(GB)
VI メタローグ:なぜ偽薬なの?(MCB)
VII 汝の左手に知らしむべからず(GB)
VIII メタローグ(GB):秘密(MCB)
IX 信仰の擁護
X メタローグ:忍び寄ってるの?(MCB)
XI 自然(ネイチャー)と養育(ナーチャー)のメッセージ(GB)
XII メタローグ:中毒(MCB & GB)
XIII 侮られざる神(GB)
XIV メタローグ:ここじゃいわない(MCB)
XV 織地(ファブリック)のなかの構造(GB)
XVI 無垢と経験(MCB & GB)
XVII 結局メタ・フォーって何?(MCB)
XVIII メタローグ:執拗な影(MCB)
用語解説/章別出典/訳者あとがき/新装版のための訳者あとがき/索引
*GB=グレゴリー・ベイトソン/MCB=メアリー・キャサリン・ベイトソン

本書は、ベイトソンが書き継いでいた原稿を、彼が1980年に亡くなって以後、娘のメアリー・キャサリン・ベイトソンが編集し、さらに加筆してまとめたもの。目次を見れば分かるように、その分担が明記されているが、MCBがことわっているように大まかな区別のようだ。

ベイトソンの代表作としては『精神の生態学』と『精神と自然』の翻訳がある。版元の思索社が倒産して、一時期入手困難な時期があったが、現在は新思索社から改訳版(ともに佐藤良明訳)が刊行されている。改訳版はより読みやすくなっているので、旧版で読まれた方も、改めて読み返したいときは改訳版をお薦めする。また、ベイトソンの死後に出版された本としては、本書のほかに『Sacred Unity』(未訳)がある。

ベイトソンの思想を簡単に要約することはきわめて難しい。『精神の生態学』中の「形式、実体、差異」という論文には、以下のような記述が見られる。「フロイト心理学は、精神の概念を内側に拡張し、自律的で習慣的な無意識の広大な体内コミュニケーション・システムの領域全体をそれに含めました。わたしの主張は、精神の概念を外側に拡張するものであります。どちらの方向も、意識的な自己の働く範囲を狭めるものであります。その意味で、これは一種『謙虚』な世界観だといえるかもしれません。大いなる全体の一部をつくりながら生きることの喜びと、そこに発する心の広がり──。この大いなるシステムを『神』と呼ぶならそれもよいかと思います」。次の『精神と自然』では、「生物の進化は、精神(Mind)過程と同様の特性を共有する」という言葉に集約される思想が、生物界を大局的に「結びあわせるパターン」、精神界を微視的に探求する「差異を生む差異」といったアイデアを梃子にして、全編にわたって展開されている。

『精神と自然』を書きあげた後、70歳を過ぎたベイトソンには、それ以上の仕事をする時間が残されていなかった。本書に取りこまれた遺稿も、『精神と自然』の内容をもう一度咀嚼し直すことに大半が費やされ、ところどころに次のステップへの展開が暗示されるものの、それらはベイトソンの死によって断絶している。ならば、本書を読む必要がないかと言えば、そうとも言い切れない。『精神と自然』に魅せられた読者には良い復習の機会となるし、『精神と自然』という本に対する当時の世間的な評価に、ベイトソンがどのような感慨をもっていたかも理解できるからだ。

ベイトソンは、イギリスで生まれ、ケンブリッジのセント・ジョーンズ・カレッジを卒業後、人類学研究のフィールドワークのために世界各地を転々とし、研究の分野も次々に広げていった。72年以降の晩年はアメリカのカリフォルニアで過ごした。彼が『精神の生態学』を発表した当時は、ニューエイジ思想(ホーリズム、エコロジーへの傾倒)の全盛期であったため、カウンター・カルチャー・ブームの思想的理論家のように祭りあげられる。その一方、常識的な科学者陣営からは、科学に「精神」などといった厄介なものを持ちこむ異端者として白眼視される。ベイトソン自身は、そのどちらの陣営にも与せず、むしろ両陣営を統合するパラダイムを模索し続けた。『天使のおそれ』のなかには次のような言葉がある。

「本書を書き進めながらも、まだまだ自分が、かたや量的思考をともなった現行の唯物論と応用科学と『しっかり管理された』実験、かたやロマンティックな超自然論にはさまれて、身動きとれないでいるのがわかる。わたしの仕事は、悪夢のようなこれら二つのナンセンスのあいだに、どこか宗教のおさまるべきまともで妥当な場所があるかどうかを探ることである。もしも宗教が蒙昧や偽善なしで成り立つとしたら、知識や芸術のなかに、自然の一体性(ユニティ)をよろこびとするような聖の肯定の基盤を見いだせないものか。 そのような宗教は新しい一体性を提供してくれるだろうか? そしてそれは、われわれにいまぜひとも必要な新しい謙虚さを生みだすことができるだろうか?」(本書 p.113)

ここで「宗教」という誤解を招きやすい言葉が出てくるが、ベイトソンはなにも新しい宗教的価値観を模索していたわけではない。計量的に実証される「科学」と、計量的には実証されない「認識論(エピステモロジー)」とを統合する場を彼はそう呼んだのであり、それを別の言葉では「聖なるもの(Sacred)」と呼んでもいる。これこそが『精神と自然』の思索を超えて『天使のおそれ』で論じられるテーマとなるはずだったものだ。本書の共著者である娘のメアリーは、「序」のなかでこう述べている。

「本書においてそのことは十分論じつくされていないが、『精神と自然』で取り上げた事柄、つまり生命世界と思考とをみるさまざまな見方が、本書に与えられた課題のための必要不可欠な足がかりである点を、グレゴリーはよくわきまえていた。そしてこの本では、彼の仕事にずっと内在していながら、何度となく蓋をされてきた一連の問いに取り組んだのだ。〈聖〉という問題のみならず、〈美〉と〈意識〉の問題にも」(本書 p.24)

冒頭で挙げた未訳の『Sacred Unity』には、まさに書名としてそのものズバリのタイトルがつけられている。が、そこには何も新しいものはないのだ。なぜなら、『Sacred Unity』は『精神の生態学』に収録されなかった論考と最晩年の断片的遺稿をまとめたものにすぎないのだから。死後に出版されたのが『天使のおそれ ── 聖なるもののエピステモロジー』とか『聖なる一体性』というタイトルでは、それだけを読むひとには、むしろ晩年のベイトソンがとうとう神秘主義の袋小路にはまりこんだかのような印象を与えるのかもしれない。しかし、もし、ベイトソンがいま少し永らえて、「聖なるもの」を記述したとしたら、彼はもっと明晰に語ることができたのではないだろうか。本書にはそれを予感させるような、彼一流の喩え話が述べられている。

「科学者にたずねれば、たぶん天秤とは重さを測る装置だと答えるだろう。しかし(略)[それは]重さを測る道具ではない。それは重さを比べる道具なのだ。(略)重さの測定をうんぬんするには、天秤だけではなく、天秤にもうひとつ何かがつけ加わらなければならないのである。(略)両方の皿にのったおもりが釣り合ったとき、(略)「左右の皿にかかった重さの比が一である」。わたしがいわんとしているのは、天秤が基本的に比率を測る道具だということで、差を測る道具としてのはたらきは二次的なものにすぎないということ、そして、その二つはかなりちがった概念だということなのだ。差に眼をむけるか比に眼をむけるかによって、われわれの認識論(エピステモロジー)全体がちがった様相を呈してくるだろう。」(本書 p.111)

ベイトソンの文章のスタイルは、ひとつの問題設定と、その答えに代わる新たな発問がからみあい、しかもその途上には論理のレベルを自在に上下する喩え話が矢継ぎ早にたたみかけられている。結局、何が言いたいのかということが解りにくいが、比率や対数といった数学的操作に裏付けられた論理展開が ── そしてまた、美的なものへの憧れも ── 思考の根底にあるため、読後感は意外とすっきりしている。『精神の生態学』や『精神と自然』を読み終えたひとには、本書『天使のおそれ』は、ベイトソンの最後のステップが那辺を指向していたかが予感できるガイドブックとなるはずだ。

わたしには、唐突のようだが、ベイトソンはネオ・プラトニスム的思考の伝統に意外なほど深く馴染んでいるように見える。そこでベイトソンの思考を育んだ英国思想史に興味が湧いてきた。これについては『英国のプラトン・ルネサンス』で述べるので、あわせて読んでいただければ幸いだ。 

by takahata: 2004.12.10

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天使のおそれ_聖なるもののエピステモロジー_ベイトソン

思想・芸術篇

01『プラトンに関する十一章』アラン
02『第一書房 長谷川巳之吉』
03『千利休』唐木順三
04『天使のおそれ』G. ベイトソン
05『英国のプラトン・ルネサンス』
          カッシーラー

06『ルネサンス 人と思想』清水純一
07『奇想の系譜』辻 惟雄
08『本の神話学』山口昌男
09『日本美術の流れ』源 豊宗
10『日本美術の表情』辻 惟雄
11『神々の再生』伊藤博明

精神の生態学_ベイトソン

『精神の生態学』改訂第2版
 新思索社刊

精神と自然

『精神と自然』改訂版
 新思索社刊

sacred unity

Sacred Unity