BOOK GUIDE vol.II | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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品切れ本を中心とした書評ページです。 |
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辻 惟雄 1970年3月1日発行 152ページ 美術出版社刊 目次 初版刊行以来、35年間にわたって現役を続けている日本美術の定評ある名著。2004年に岩佐又兵衛の展覧会がついに開催され、本書に紹介された又兵衛、蕭白、若冲という三大奇想画家の復活が完全に果たされた。つまり、本書の時代を先取りした内容に追いつくために、日本美術の研究界は30年以上の歳月を必要としたとも言えるだろう。その道の遙かさにはあらためて驚くしかない。しかし、本書が成立した時点の時代潮流を振り返るなら、本書が忽然と70年に現れたわけではないことが納得できるだろう。 60年代後半は、社会的には既成の価値観を突き崩そうとする学生運動の高揚があり、芸術の世界でも、それまでは少数者にのみ愛好されていた珍奇な作品、幻想的な作品に、多くの人々の関心が集中し始め、未知の作家の作品が美術書に次々と紹介されていった。そのような美術書をざっと眺めてみると、66年には『迷宮としての世界─マニエリスム美術』(グスタフ・ルネ・ホッケ、種村季弘・矢川澄子訳)、『ダダ─ 芸術と反芸術』(ハンス・リヒター、針生一郎訳)、67年には『幻想の画廊から』(澁澤龍彦)、68年には『シュルレアリスム』(パトリック・ワルドベルグ、巌谷國士訳)、『幻想芸術』(マルセル・ブリヨン、坂崎乙郎訳)、69年には『幻想芸術の世界』(坂崎乙郎)、70年には『象徴主義と世紀末芸術』(ホフシュタッター、種村季弘訳)などの書名がたちどころに思い浮かぶ。これらの書物によって厖大な海外幻想芸術が日本に紹介されたのだった。このように、だれもが「マニエリスム」だとか「シュルレアリスム」だと騒いでいた時代に、本書は日本人が忘れ去っていた江戸期の芸術に脚光を浴びせ、「奇想」という言葉で読者をあっと言わせたのだった。灯台もと暗しとは、このことだ。 初めて本書を読んだ印象は強烈だった。特に、又兵衛の《山中常磐》絵巻の盗賊征伐の残虐描写を紹介した挿図を見たときは、激烈とも言うべき印象が残った。2004年にMOA美術館でこの絵巻の特集展示がされるというので出かけてみたが、美術館は残虐な場面をすべて公開していなかった。こどもたちも来館しているのだから当然の配慮かも知れないが、わたしのような『奇想の系譜』愛好者には、少々満足のいかない展示だ。しかし、初めてみる本物は、彩色が完璧に良好な状態で残っており、その生々しさには圧倒された。あの残虐描写をあのような生々しさで目の当たりにしたら、足がすくむかもしれない。 曾我蕭白の《群仙図屏風》の奇々怪々な人物描写も強烈だった。特に奇態な「風に翻る衣の描法」は、70年代当時のわたしには、ホルバインの《大使たち》にだまし絵として描かれた髑髏のように、角度を変えて見るとなにか隠されている別のものが見えてきそうな感じがして、大きな謎の描法という感じがした。その後DTPに関わるようになったとき、フォトショップという画像処理ソフトにそのような描法を可能にする効果があることを知って、時代が逆転したような奇妙な驚きがあった。 若冲の細密にして静謐な幻想世界は、他に類を見ない妖しさを放っていた。その代表作《動植綵絵》は、無重力的で静謐な世界を現出させていて、当時、シュルレアリスム絵画に熱中していたわたしの眼には、イヴ・タンギーのSF的な終末世界の眺めに通じるものを感じさせたものだ。今度、本書を再読していたら、「『綵絵』の画面空間にはまた、ひそかにこちらを凝視する〈眼〉あるいは、こちらの視線を誘引する虚ろな〈のぞき穴〉といったものが巧妙に隠されている」という指摘にぶつかった。たしかに、その〈眼〉に魅入られたものは、若冲の画を前にして身動きがとれなくなるだろう。 ある意味では、「きわどい」趣味の画家ばかりをとりあげている本書は、しかしながら興味本位のジャーナリスティックなアプローチに陥ることなく、美術史研究家としての深い学識に裏打ちされた鑑識眼をもって、奇想の系譜の画家たちと、彼らを生みだした日本美術の伝統とを綿密に考察していく。わたしたちは最良の紹介者を得ていたのだったということが、いまさらながらに痛感させられた。けれども、多くの貴重な作品が海外のコレクターによって日本から持ち去られている現実が、一方にはある。それは今後ますます重大な過失として、わたしたちにのしかかってくるのではないだろうか。 橋本治の『ひらがな日本美術史』という怪著は、本書がなかったら書かれていたかどうか疑問だろう。正統、異端を問わず、本書の影響力は計り知れない。 by takahata: 2005.01.05 |
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