BOOK GUIDE vol.II | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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品切れ本を中心とした書評ページです。 |
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伊藤博明 1996年2月26日発行 東京書籍刊 400ページ 目次 絶対的な基本図書 まず、上の目次を見て、ルネサンスや神秘思想の好きなあなたの関心を惹くテーマが見つかったならば、あなたは真っ先に本書を読んで、そののちに、しかるべき翻訳書あるいは原書に進むべきだ。 本書は日本人の専門研究者によって初めて書かれたルネサンス神秘思想の入門書である。巻末に付された詳細な出典一覧(7ページ)、参考文献(19ページ)は、10年前のものであってもきわめて有益であり、文献渉猟の愉しみへと読者を導いてくれる。実際、「あとがき」で著者が述べているように、「プラトン・アカデミーの〈キリスト教と古代思想の融合〉については、いったいどの程度のことをわれわれは知っているのだろうか。近年、関連する翻訳書がいくつか刊行されたが(イエイツ、ウォーカー、シューメイカー、クリステラー、カッシーラーなど)、この時代に関するわれわれの知識はあまりに少ないのである」。 たとえば私の場合、アンドレ・シャステルの名著の翻訳『ルネサンス精神の深層 フィチーノと芸術』(平凡社刊/のち筑摩学芸文庫)を初めて読んだときは、シャステルの底抜けの博識ぶりと熱のこもった華麗な文体には圧倒されたものの、基本的な思想史的知識を欠いていたため、熱にうかされたように読了した後に、頭の中には混乱と不消化しか残っていなかった。その後、本書を読んだおかげで、私はもう一度シャステルの著書に冷静に向き合えることができたという経験をもつ。D.P.ウォーカーの翻訳書なども、著者の該博な知識を咀嚼しようとするなら、つまり、読書を楽しみたいのなら、まず、本書『神々の再生』の内容を頭に入れておかなければならないだろう。 本書は、まず第一部「〈神々の再生〉の歴史」で、ペトラルカからエジディオ・ダ・ヴィテルボまでの思想史的な流れを通時的に考察し、第二部「〈神々の再生〉の諸相」において、〈古代神学〉とオカルト・神秘主義についてテーマごとに共時的に考察していく。 導入部の要約 中世ヨーロッパにおいて「カトリック」(普遍的)であったキリスト教という一神教の宗教は、その権威を確立するために、古典古代における異教の神々を次々と放逐していった。こうして流浪の身を余儀なくされた神々こそが、本書のタイトルで指示されている〈神々〉だ。この神々が再生したのがイタリア・ルネサンス期。古代の神々は〈古代神学〉という宗教的観念を人文主義者たちにもたらし、多くの人びとが、ヘルメス、ゾロアスター、オルフェウス、ピュタゴラスなどの古代の教説に耳目をそばだたせた。そして、これら古代神学者の思想をキリスト教神学に融合させようとする知的努力=シンクレティズム(諸説混淆)こそが、イタリア・ルネサンス期の思想的底流をなしていく。 まず、ペトラルカ、ボッカッチョ、サルターティが、詩的創造力を武器として、ギリシア・ローマの神話の神々をキリスト教の教えの中に融合させ始める。13世紀にトマス・アクィナスがスコラ神学を大成して以来、時の経過とともにそれは次第に形骸化し、衒学的な議論のうちに自らを消耗させていた。そのような自縄自縛のスコラ神学から人間性を解き放つ試みが始まる。古代の神話のなかに「キリスト教的唯一神」を予感させる詩的寓意を読み取ること、それが初期ヒューマニストたちの「詩の擁護」だった。それはやがて「フマニタス研究」の擁護となり、ヒューマニスト自身のアイデンティティの確立をもたらした。こうして神々は眠りから目覚める。 ペトラルカはプラトンを熱愛していた。それはアウグスティヌスが「プラトン派の書物」によってキリスト教へ改宗したからだ。プラトンはキリスト教的真理にもっとも合致するギリシア哲学者とみなされ、その教えは古代ローマにおけるもっともキリスト教的作家キケロに受け継がれたと考えられた。こうしてキリスト教誕生以前の神話・哲学にさかのぼって、すでにキリスト教が予告されていたと考えるならば、古代研究はキリスト教の権威をさらに豊かに高める方途となる。あるいは一方で、キリスト教を革新する根源的な宗教を夢想することさえ可能となる。先回りをして言ってしまうと、前者はマルシリオ・フィチーノのたどった道であり、後者はピコ・デッラ・ミランドラの目指した方向であった。こうして、さまざまな目論見が交差するなかで、〈古代神学〉の探求は、ギリシア哲学だけではなく、やがて最古の文明であるエジプト神話にまで遡っていく。 フィレンツェで本格的なギリシア語教授が始まったのは14世紀末、サルターティによってビザンティンからマヌエル・クリュソロラスが招聘された時である。かれはギリシア語だけではなく、数学・自然科学などビザンティンの先進的な教育カリキュラムをフィレンツェにもたらした。多くの弟子が輩出したが、なかでもレオナルド・ブルーニはアリストテレスやプラトンの多くの作品の翻訳を世に送り出した。ところで、フィレンツェのヒューマニストたちは、前時代のペトラルカのように純朴な宗教的憧れだけでギリシア哲学を学んだのではなかった。かれらはむしろそこに、社会を構成する市民道徳のあり方を看取した。プラトンやアリストテレスは実践的で政治的な模範を提供する哲学者としても受容されたのである。 15世紀、オスマン・トルコの脅威に悩まされた東西キリスト教会は、フェラーラとフィレンツェで合同会議を開催する(1438-39年)。この時、ビザンティンから多くの学者がイタリアを訪れたが、なかでもゲルギオス・ゲミストス、通称プレトンの与えた影響は甚大であった。彼はプラトン主義的伝統を遠く古代ペルシアにまで遡らせ、ゾロアスターの教えと誤って伝えられていた『カルデア人の託宣』にその源流を求めた。プレトンはまた、プラトンとアリストテレスの優劣論争をも引き起こした。そしてこの頃、フィレンツェ・ルネサンスに重要な役割を果たしたもうひとりの人物がいる。ヨハネス・アルギュロプロスである。彼の私塾からはフィチーノをはじめ、次世代を担うヒューマニストが輩出する。 以上、本書の第一部・第一章と第二章を要約してみたが、本書の面目がいよいよ発揮されるのは、続く第三章のフィチーノ哲学、第四章のピコ・デッラ・ミランドラの「哲学的平和」を分析していく諸ページからである。また、第二部・第五章のヘルメス・トリスメギストスの諸相、第六章のオルフェウス神学の生成過程など、西洋思想史、そして西洋美術史の底流にひそむ精神のドラマを平明に解説する手際は頼もしく、かつ益するところが多大である。このような労作=基本的文献がなぜ、たった10年で品切れになっているのか、理解に苦しむ。 マルシーリオ・フィチーノとピコ・デッラ・ミランドラの二大思想家については、まだ日本ではその全体像が十分に知られていない。フィチーノに関しては、英語圏では『書簡集』や『プラトン神学』の英訳の刊行が地道に続けられており、2002年には大部の英語論文集が刊行されて話題を集めた。日本語でフィチーノの膨大な著作の全貌に接することができるのはいつのことだろうか? ピコに関しては、主著『人間の尊厳について』の邦訳のほか、ピコを主人公にした小説の翻訳が2003年に刊行されている。『蒼穹のかなたに』(エティエンヌ・バリリエ著/桂芳樹訳)がそれで、25ページにも及ぶ訳者解説はきわめて有益だが、小説そのものはピコに対してフィチーノを矮小化して描いており、あまり感心できなかった。とはいえ、フィチーノとピコ・デッラ・ミランドラの思想的蜜月関係とその破局の裏には、なんとなく同性愛的な関係のこじれも感じられる節があり、生ある存在の哀しさを感じてしまう。 by takahata: 2006.05.30 |
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本書の著者・伊藤博明氏が1992年に刊行した『ヘルメスとシビュラのイコノロジー/シエナ大聖堂舗床に見るルネサンス期イタリアのシンクレティズム研究』(ありな書房刊)。 |
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シュミット+コーペンヘイヴァー共著『ルネサンス哲学』2003年、平凡社刊。原著は1992年に刊行され、現時点でもっとも優れたルネサンス哲学の概説書と言われる。 |
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D.P.ウォーカー『古代神学 ─ 15-18世紀のキリスト教プラトン主義研究』1994年、平凡社刊。古代神学の観念が18世紀イギリスにまで綿々と受け継がれる精神史を探究した異端的名著。 |
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フィチーノ『「ピレボス」注解 ─ 人間の最高善について』1995年、国文社刊 |
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フィチーノの主著『プラトン神学』英訳版。2001年から年に1冊のペースで刊行が続けられ、本年は6巻目が出た。 |
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『Marsilio Ficino: His Theology, His Philosophy, His Legacy』(Brill) |
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『人間の尊厳について』国文社刊 |
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『蒼穹のかなたに』全2巻 2004年 |
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