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失われた本を求めて
BOOK GUIDE vol.I

品切れ本を中心とした書評ページです。

エッセイ・評論 思想・芸術 文学
歌の王朝_竹西寛子

歌の王朝

竹西寛子

1979年6月13日発行 読売新聞社刊 210ページ

目次 省略

竹西寛子さんが日本の古典文学に関して発表した著作は数多い。『往還の記』『古典日記』『式子内親王・永福門院』『王朝文学とつきあう』『日本の文学論』など、わたしの書架にも何冊かの著書が並んでいるが、どちらかというと手に取ることの多いのが本書『歌の王朝』だ。

その理由はなんだろう。各章がひとつの歌を中心に書き下ろされて、間然するところがないからだろうか。だが、これは口で言うほど単純なことではない。和歌という芸術は、物語の贈答歌を例にとればわかるように、あるストーリーの流れのなかで生まれるものだから、その文脈から切り離されてしまうと、意味や効果が曖昧になる場合が多い。古今和歌集のようなアンソロジーでは、テーマを決めて同じ主題の歌を集め、さらに一首一首の配列は前後のバランスを考え抜いて配列してある。ここでも一首の優劣を超えたところに生ずる脈絡が重要なのだ。そして、一首どうしの優劣を競わんがために歌合(うたあわせ)の場で詠まれた歌も、その片方を知らないと感興も異なる。だから、いきなりひとつの歌をとりあげて、それに評釈を加えることは、ともすれば恣意的な感想文に堕してしまいがちだ。

けれども、竹西さんはこの困難なしごとを、大胆に、そして繊細に仕上げることに成功している。著者自身、「研究書ではない気安さから王朝の歌についてそれこそ思い浮かぶままに書き連ね、脈絡の企てのないところでかえってある姿を鮮明にするかもしれない自分の王朝を見ることができればと思った」というが、この自由闊達な視点から、わたしたちはひろやかな古典の世界に遊ぶことができることになる。

本書の中からわたしの心に残った歌を挙げ、それに付された著者の言葉を引用してみる。

世の中は夢かうつつかうつつとも夢とも知らずありてなければ
詠み人しらず『古今和歌集』巻第十八雑歌下
「空間が、何の矛盾もなく時間そのものとして理解され、未来も過去も、ともにすなわち現在であると実感されるような時を知ってみると、「あり」がすなわち「なし」に重なる、閃きのような瞬間を結論とする怖さは、この一首に拠る、精神的な離陸の快感の影となってつきまとう」(本書p.17)。

人知れずもの思ふことはならひにき花に別れぬ春しなければ
和泉式部『和泉式部集』
「慣れっこになったから悲しくも辛くもないのではなく、悲しいとも辛いとも言っていないからいっそう悲しい、辛い、そう読まされる何かがこの歌にはある。居直りではない。痩我慢でもない。ましてやふてくされているのでもない。この一首で知らされる作者の深い歎きは、人はそれぞれの命運を生きなければならないという覚悟のようなものが、覚悟と呼ぶのさえためらわれるほどのつつみ込まれた思いとしてこちらにひびいてくる、そのこととも無縁ではないだろう」。

一首をめぐって、竹西さんの解釈は幾重にも思いの襞を重ねてつづられていく。作者の本意に迫りながら、それを探り当てようとした瞬間に、それでは逃げてしまう別の歌心の在りかが漠としてほの見える。こうして屈曲していく表現は、結局、解釈をほどこそうとしたもとの一首に回帰していくしかないのかもしれない。しかしそれこそは、千年の時を超えて、その一首の歌を「生きなおす」という行為なのではないだろうか。それでは、読む者にその内容を生きなおすように迫る、これらの和歌とはいったい何か。著者は本書を次のような言葉で終えている。

「まことに歌の力にははかりしれないものがある。それはもう作者の思惑を超えている。和泉式部の歌といわず、在原業平の歌といわず、王朝にこれほど多様な歌があったということは、およそ十世紀もむかしに、すでにこれほど多様な人生があったということであり、人は言葉でそのように生きていたということである。人と、この世界との光と闇が、これほどまでに探られていたということである。言葉の働きは弱まったのであろうか。それとも、強まったのであろうか。ここまで来て、私はまた振り出しに戻ったような気持である」(本書p.198)。

ちなみに、このような歌もまた本書には取り上げられている。

色見えでうつろふものは世の中の人の心の花にぞありける
小野小町『小町集』『古今和歌集』

見しことも見ぬ行末もかりそめの枕に浮ぶまぼろしの中
式子内親王『式子内親王集』

月やあらぬ春や昔の春ならぬわが身ひとつはもとの身にして
在原業平『古今和歌集』『伊勢物語』

                          by takahata: 2004.11.30

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エッセイ・評論篇

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